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CDリリース情報&公演情報-KABUTO [振動と音楽]
こんにちは、KABUTOです。
いつもありがとうございます。
静岡県沼津市に12/10オープンする「沼津港深海水族館」の
音楽を担当しました。
深海魚専門の水族館は日本初だそうです~。
複数の作曲家の中、私はエントランスで流れる「深い水の世界へ」と
ほかの作曲家の曲と曲をつなぐ5曲の即興演奏曲を担当しました。
CDは全国のCDショップで12/7発売です。タイトルは「DEEPEST」。
定価2,000円です。
このほか、12月には心身のバランスと集中力をテーマにした
「バランシング&フォーカシング」が発売予定です。
KABUTOミュージックとマナーズサウンドのコラボレーションCDの
第三弾になります。
ビジネスマン、受験生など集中力を必要とする方々にも最適です。
今回はご案内が多いですが、すいません~もう一つ、
東京でのリーズナブルな講演があります。
以下、ご興味を持たれたら、ぜひご参加くださいね。
あなたのビジネスを伸ばす音楽?
ビジネスに特化したKABUTOミュージックの
10年間の集大成の主要部分をお話します。
体験の生演奏ライブもあります。
脳は何かと何かを結びつける働きがあります。
音楽で普段ルーチン化している脳の流れを変えてみると
ビジネスアイデアが無限に出てきます。
このノウハウを聞くだけで、生演奏の中、過ごすだけで
ご自身のビジネスへのヒントに溢れます!
残席10席、KABUTO(加太好晴)の講演、ライブとしては、
割安の2,000円(税込)です。
詳細は以下です。
日時 2011年11月15日(火)19:00-20:30
場所 東京 渋谷区文化総合センター大和田2階 学習室2
JR渋谷駅南改札下車、歩5分、セルリアンタワー裏
渋谷区文化総合センター大和田 3464-3251
渋谷区桜丘町23-21、プラネタリウムのあるビル
たくさんのご来場お待ちしております。
お申込みはkikaku@maine.dcns.ne.jpへメールにてお申込みください。
11/15の申込みとお書きになって、お名前をお伝えください。
当日お会いできますのを楽しみにしておりますね~。
今回もありがとうございました。
またヒーリングエッセイ、お送りしますね。
寒くなりますので、どうぞお体、ご自愛ください。
KABUTO
いつもありがとうございます。
静岡県沼津市に12/10オープンする「沼津港深海水族館」の
音楽を担当しました。
深海魚専門の水族館は日本初だそうです~。
複数の作曲家の中、私はエントランスで流れる「深い水の世界へ」と
ほかの作曲家の曲と曲をつなぐ5曲の即興演奏曲を担当しました。
CDは全国のCDショップで12/7発売です。タイトルは「DEEPEST」。
定価2,000円です。
このほか、12月には心身のバランスと集中力をテーマにした
「バランシング&フォーカシング」が発売予定です。
KABUTOミュージックとマナーズサウンドのコラボレーションCDの
第三弾になります。
ビジネスマン、受験生など集中力を必要とする方々にも最適です。
今回はご案内が多いですが、すいません~もう一つ、
東京でのリーズナブルな講演があります。
以下、ご興味を持たれたら、ぜひご参加くださいね。
あなたのビジネスを伸ばす音楽?
ビジネスに特化したKABUTOミュージックの
10年間の集大成の主要部分をお話します。
体験の生演奏ライブもあります。
脳は何かと何かを結びつける働きがあります。
音楽で普段ルーチン化している脳の流れを変えてみると
ビジネスアイデアが無限に出てきます。
このノウハウを聞くだけで、生演奏の中、過ごすだけで
ご自身のビジネスへのヒントに溢れます!
残席10席、KABUTO(加太好晴)の講演、ライブとしては、
割安の2,000円(税込)です。
詳細は以下です。
日時 2011年11月15日(火)19:00-20:30
場所 東京 渋谷区文化総合センター大和田2階 学習室2
JR渋谷駅南改札下車、歩5分、セルリアンタワー裏
渋谷区文化総合センター大和田 3464-3251
渋谷区桜丘町23-21、プラネタリウムのあるビル
たくさんのご来場お待ちしております。
お申込みはkikaku@maine.dcns.ne.jpへメールにてお申込みください。
11/15の申込みとお書きになって、お名前をお伝えください。
当日お会いできますのを楽しみにしておりますね~。
今回もありがとうございました。
またヒーリングエッセイ、お送りしますね。
寒くなりますので、どうぞお体、ご自愛ください。
KABUTO
瞑想 [振動と音楽]
ある日の午後、中野駅の南口で友人と待ち合わせをしていました。
少し早めに着いたので、 改札を行き交う人を見ながら
友人の彼を待っていました。
50歳ぐらいの男性がすぐ横で同じようにだれかを待っていました。
どこにでもいそうなおそらく異業種交流会で紹介されたら、
愛想良くお互い笑顔で名刺交換をしているタイプ。
そのときふと思いました。
「なぜこの人と自分は出会っていないのだろう。」
もしあすだれかの紹介で出会う人がいても、今は他人。
毎朝電車に乗って通勤すると、同じ時間の電車の同じ車両に
いつもいる人がいる。でも決して出会うことはない。
今、改札口を行き交う人々、ひとりひとりを見ながら
「この人と友人だったらどんな話をするのだろう」と考えてみました。
「この人とは一緒にアウトドアしてみたいな。」
「この人とは飲みに行ったら楽しそう。」
「この人はとっつきにくそうで会話に苦慮しそう。」
「あっ、この人は苦手なタイプ。」・・・
そんなことを空想しているうちに、すべての人が
友人に思えてきました。
改札向こう、ホームの階段を登り始める人まで、
ざっと100人ぐらいがすべて友人に思えてきました。
出会っていることと出会っていないことの違いって
大したことではないように思えてきて、
出会っていることと出会っていないことの
境目が消えて行くような気がしました。
次の瞬間、一瞬で地球上すべての人が友人に思えました。
すべてがつながっていて、ひとつの生命に思えました。
KABUTO
少し早めに着いたので、 改札を行き交う人を見ながら
友人の彼を待っていました。
50歳ぐらいの男性がすぐ横で同じようにだれかを待っていました。
どこにでもいそうなおそらく異業種交流会で紹介されたら、
愛想良くお互い笑顔で名刺交換をしているタイプ。
そのときふと思いました。
「なぜこの人と自分は出会っていないのだろう。」
もしあすだれかの紹介で出会う人がいても、今は他人。
毎朝電車に乗って通勤すると、同じ時間の電車の同じ車両に
いつもいる人がいる。でも決して出会うことはない。
今、改札口を行き交う人々、ひとりひとりを見ながら
「この人と友人だったらどんな話をするのだろう」と考えてみました。
「この人とは一緒にアウトドアしてみたいな。」
「この人とは飲みに行ったら楽しそう。」
「この人はとっつきにくそうで会話に苦慮しそう。」
「あっ、この人は苦手なタイプ。」・・・
そんなことを空想しているうちに、すべての人が
友人に思えてきました。
改札向こう、ホームの階段を登り始める人まで、
ざっと100人ぐらいがすべて友人に思えてきました。
出会っていることと出会っていないことの違いって
大したことではないように思えてきて、
出会っていることと出会っていないことの
境目が消えて行くような気がしました。
次の瞬間、一瞬で地球上すべての人が友人に思えました。
すべてがつながっていて、ひとつの生命に思えました。
KABUTO
雷と稲妻(メルマガ20号-3/1配信)
昨年8月に熊本でライブを行いました。
宇土という場所で、山の中の会場で行ったのですが、
当日はお祭りもあり、主催者の方がこんな話をされていました。
農村で昔から祭りで大太鼓を打ち、天に響かせた。
それで大太鼓の音の響きで、空気中の電子が集まって雷として放電し、
雲の水分(H2O)を分解させることで、空気中の窒素(NO2)を
つかみ取るそうです。
そしてアンモニアと尿素として落としてくれるそうです。
田植え後に、稲の成長に窒素は不可欠で、昔の人が、
雷という字を「雨と田」で作ったのも、
稲の成長を助けるという意味で「稲妻」と書くのも、
そこからの意味と推察できるそうです。
我々の生活と自然、宇宙の法則を少し感じたひとときでした。
宇土という場所で、山の中の会場で行ったのですが、
当日はお祭りもあり、主催者の方がこんな話をされていました。
農村で昔から祭りで大太鼓を打ち、天に響かせた。
それで大太鼓の音の響きで、空気中の電子が集まって雷として放電し、
雲の水分(H2O)を分解させることで、空気中の窒素(NO2)を
つかみ取るそうです。
そしてアンモニアと尿素として落としてくれるそうです。
田植え後に、稲の成長に窒素は不可欠で、昔の人が、
雷という字を「雨と田」で作ったのも、
稲の成長を助けるという意味で「稲妻」と書くのも、
そこからの意味と推察できるそうです。
我々の生活と自然、宇宙の法則を少し感じたひとときでした。
年齢って?(メルマガ19号-2/22配信)
以前TVで、あるドキュメンタリー番組を見ていたときのことです。
インタビュアーが密林の奥地でそこに住む民族(もう詳細は忘れました)の男性にこんな質問をしていました。
「あなたの年齢は?」
すると男性はこう答えました。
「年齢って何だ?」
そして解説のナレーションがこんな話をしていたのをうっすらと覚えています。
「彼(その男性)は生まれた瞬間と死ぬ瞬間にしか区切りがないと考えている。あとは人生という1つの時間が流れているだけ。」
我々が普段当たり前と思っている一日とか一週間とか、一ヶ月、一年という概念もなく、1つの時間の推移だけがあるという一生ってどんなだろうと改めて思い出しました。
文明の発達で、分刻みに生活するのが当たり前で、人生も何歳までにはこうなっていなければならないとか、いくつまでにはこうしていたいとか、10年一区切りとか。
一度そんな想いをすべて外して今目の当たりにしていることを考えると根源的で根本的なアイデアに辿り着くかもしれないと思いました。
インタビュアーが密林の奥地でそこに住む民族(もう詳細は忘れました)の男性にこんな質問をしていました。
「あなたの年齢は?」
すると男性はこう答えました。
「年齢って何だ?」
そして解説のナレーションがこんな話をしていたのをうっすらと覚えています。
「彼(その男性)は生まれた瞬間と死ぬ瞬間にしか区切りがないと考えている。あとは人生という1つの時間が流れているだけ。」
我々が普段当たり前と思っている一日とか一週間とか、一ヶ月、一年という概念もなく、1つの時間の推移だけがあるという一生ってどんなだろうと改めて思い出しました。
文明の発達で、分刻みに生活するのが当たり前で、人生も何歳までにはこうなっていなければならないとか、いくつまでにはこうしていたいとか、10年一区切りとか。
一度そんな想いをすべて外して今目の当たりにしていることを考えると根源的で根本的なアイデアに辿り着くかもしれないと思いました。
リンゴの放つ風景(メルマガ18号-2/15配信)
テーブルの上に1つの真っ赤なリンゴがある。
ずっと見つめている。
そのうちテーブルもその後ろのキッチンも見えなくなり、リンゴだけになる。
リンゴは八百屋の店先でグリーンのビニルの籠の中にいくつかのほかのリンゴと一緒に置かれていた。リンゴは出荷用の木箱から取り出された。
その木箱の側面には「青森農協」と書かれている。
ひとつひとつ保護用の格子になった白い袋に入れ、箱に収められていく。
そこへその農家の娘であろう小学生の女の子が学校から帰ってくる。
ランドセルを放りだし、リンゴの箱詰めをしている両親の方へ走ってくる。
リンゴの香りがあたり一面漂っている。
少女はその甘酸っぱい香りに少し微笑んで、サンダルをさっと履いて、
迎えに来た友達と飛び出していく。
少し時間が経過したと思える風が縁側を吹き抜けたあと、トラックがバックして庭に入ってくる。
機械的にリンゴの入った木箱が積まれていく。
東北訛りの会話のやりとりが一言二言聞こえたあと、トラックはゆっくりと門を出る。
轍と砂ぼこりが農道に残り、トラックは町へと消えていく。
縁側にいた母親は夕餉の支度に行ったのかもういない。トラックに積まれ、
町に消えたリンゴが、今テーブルの上で甘酸っぱい香りを放っている。
ずっと見つめている。
そのうちテーブルもその後ろのキッチンも見えなくなり、リンゴだけになる。
リンゴは八百屋の店先でグリーンのビニルの籠の中にいくつかのほかのリンゴと一緒に置かれていた。リンゴは出荷用の木箱から取り出された。
その木箱の側面には「青森農協」と書かれている。
ひとつひとつ保護用の格子になった白い袋に入れ、箱に収められていく。
そこへその農家の娘であろう小学生の女の子が学校から帰ってくる。
ランドセルを放りだし、リンゴの箱詰めをしている両親の方へ走ってくる。
リンゴの香りがあたり一面漂っている。
少女はその甘酸っぱい香りに少し微笑んで、サンダルをさっと履いて、
迎えに来た友達と飛び出していく。
少し時間が経過したと思える風が縁側を吹き抜けたあと、トラックがバックして庭に入ってくる。
機械的にリンゴの入った木箱が積まれていく。
東北訛りの会話のやりとりが一言二言聞こえたあと、トラックはゆっくりと門を出る。
轍と砂ぼこりが農道に残り、トラックは町へと消えていく。
縁側にいた母親は夕餉の支度に行ったのかもういない。トラックに積まれ、
町に消えたリンゴが、今テーブルの上で甘酸っぱい香りを放っている。
具象画にある抽象(メルマガ17号-2/8配信)
「どんな具象画でさえも、見ている時それは抽象的に見ている」
昨年、箱根に行ったときに、ある美術館の作品の解説に書いてあった言葉です。
これを読んだときいろいろなことを思いました。
写実的な具象画でさえも、見る人が100人いたら100通りある。
自分の思いを重ね合わせ、夢で見た風景だと思う人がいたり、この色合いどこかで見たことあると思う人がいたり、そこの空気を感じ取れると思う人がいたり、描かれている人の気持ちがわかると思う人がいたり・・・。
そして同じ人が1ヶ月後、1年後に同じ絵を見たら、また見え方が変わっている。
絵そのものは10年経って100年経って変わらなくても、心がひとりひとり違い、人の心も一つのところに留まっていない。
それぞれが具象画の中にある抽象を見ている。
絵を鑑賞しているとき、本当は写実的な人や風景の輪郭、また色合いに自分の印象を重ね合わせ、今自分を取り巻くできごとを重ね合わせて見ているということを言っているのかなと思いました。
昨年、箱根に行ったときに、ある美術館の作品の解説に書いてあった言葉です。
これを読んだときいろいろなことを思いました。
写実的な具象画でさえも、見る人が100人いたら100通りある。
自分の思いを重ね合わせ、夢で見た風景だと思う人がいたり、この色合いどこかで見たことあると思う人がいたり、そこの空気を感じ取れると思う人がいたり、描かれている人の気持ちがわかると思う人がいたり・・・。
そして同じ人が1ヶ月後、1年後に同じ絵を見たら、また見え方が変わっている。
絵そのものは10年経って100年経って変わらなくても、心がひとりひとり違い、人の心も一つのところに留まっていない。
それぞれが具象画の中にある抽象を見ている。
絵を鑑賞しているとき、本当は写実的な人や風景の輪郭、また色合いに自分の印象を重ね合わせ、今自分を取り巻くできごとを重ね合わせて見ているということを言っているのかなと思いました。
おじいさんと海(メルマガ16号-2/1配信)
KABUTOのヒーリングエッセイ、今回は「おじいさんと海」についてお送りいたします。
「すべてのリズムはひとつのリズム」という話があります。我々の心臓の鼓動、寄せては返す波、地球の自転と公転・・・・・すべてがひとつのリズムという捉え方をしていくと宇宙全体がひとつの生命という想いに視野は拡がっていくように思います。
数年前に「おじいさんと海」という曲を作りました。もともとは即興曲でしたが、「家」というアルバムに入れる際に、コンピュータ・シーケンサを使わずに手引きで弾き直しました。シーケンサを使った正確なリズムも良いのですが、人間の持つ、力を入れない、生活、生命の自然なリズムで表現したいと思ったからです。
「静かな入り江におじいさんが立っている
おじいさんがその場所を選んだのか
おじいさんがそこにいるから波が穏やかなのか
そこにはひとつのリズムがある
地球のリズム 宇宙のリズム」
これがモチーフです。もっと深く探っていくと目に見えないリズムもあるように思います。「想いが伝わるリズム」「人が元気を取り戻すリズム」「何気ないことが愛と思えるようになるリズム」「一枚の絵画の中で刻まれているリズム」「何かを達成したいと思う喜びのリズム」・・・・・すべてがリズムと捉えていくと最初に書きました「宇宙全体がひとつの生命」という想いがより拡大していき、そこから想像したとき新たな世界観を持つことができるように思いました。
「すべてのリズムはひとつのリズム」という話があります。我々の心臓の鼓動、寄せては返す波、地球の自転と公転・・・・・すべてがひとつのリズムという捉え方をしていくと宇宙全体がひとつの生命という想いに視野は拡がっていくように思います。
数年前に「おじいさんと海」という曲を作りました。もともとは即興曲でしたが、「家」というアルバムに入れる際に、コンピュータ・シーケンサを使わずに手引きで弾き直しました。シーケンサを使った正確なリズムも良いのですが、人間の持つ、力を入れない、生活、生命の自然なリズムで表現したいと思ったからです。
「静かな入り江におじいさんが立っている
おじいさんがその場所を選んだのか
おじいさんがそこにいるから波が穏やかなのか
そこにはひとつのリズムがある
地球のリズム 宇宙のリズム」
これがモチーフです。もっと深く探っていくと目に見えないリズムもあるように思います。「想いが伝わるリズム」「人が元気を取り戻すリズム」「何気ないことが愛と思えるようになるリズム」「一枚の絵画の中で刻まれているリズム」「何かを達成したいと思う喜びのリズム」・・・・・すべてがリズムと捉えていくと最初に書きました「宇宙全体がひとつの生命」という想いがより拡大していき、そこから想像したとき新たな世界観を持つことができるように思いました。
ミッション(2)(メルマガ15号-1/25配信)
昨年暮れのヒーリングエッセイでミッション(使命)について書きました。そのとき私の見解ですが、ミッションには2つあるというお話をしました。
日々生きてきて、漠然と何かをしたい、何が自分にできるんだろうと模索している時期があります。そしてさまざまな出会いにより、「こんなことが自分にできる」「これをすることで喜んでくれる人がいる」「この仕事は自分にとても向いている」..... そんな思いが膨らむ中、自分のやりたいことへと導かれることがあります。これを「フロントミッション」と名付けました。自分の意志から発せられたミッションです。
これとは別に、日々の生活の中で、自分の思いとは関係なくときには悪いと思われることも起こることがあります。そのときは大切な人生の時間を費やし、その事象に何らかの策を講じなければならないことになります。健康、仕事、お金、家庭、.....。周囲の人から知恵をもらったり、書店で知識を得るために本を買ったり、さらにはその専門職の人の門を叩くこともあるかもしれません。そんな状況の中、いつのまにかその道のスペシャリストになっていることがあります。かりに身近な人がそのことで困っていて、自分の体験を伝えたり、さまざまな方法を案として教えてあげれたら、相手はその話で元気になるかもしれません。このとき人はミッションを果たしていると言えるのではないかと思います。これが「バックミッション」です。
そしてこの2つのミッション(フロントミッションとバックミッション)を別々に捉えるのではなく、統合、融合することで、フロントミッションがより立体的に、より個性的に、より特化され、本当の「自分らしさ」を100%出した人生を実現できるのではないかと思います。そんなふうに思うと何か新しい世界が見えてくるように思います。
日々生きてきて、漠然と何かをしたい、何が自分にできるんだろうと模索している時期があります。そしてさまざまな出会いにより、「こんなことが自分にできる」「これをすることで喜んでくれる人がいる」「この仕事は自分にとても向いている」..... そんな思いが膨らむ中、自分のやりたいことへと導かれることがあります。これを「フロントミッション」と名付けました。自分の意志から発せられたミッションです。
これとは別に、日々の生活の中で、自分の思いとは関係なくときには悪いと思われることも起こることがあります。そのときは大切な人生の時間を費やし、その事象に何らかの策を講じなければならないことになります。健康、仕事、お金、家庭、.....。周囲の人から知恵をもらったり、書店で知識を得るために本を買ったり、さらにはその専門職の人の門を叩くこともあるかもしれません。そんな状況の中、いつのまにかその道のスペシャリストになっていることがあります。かりに身近な人がそのことで困っていて、自分の体験を伝えたり、さまざまな方法を案として教えてあげれたら、相手はその話で元気になるかもしれません。このとき人はミッションを果たしていると言えるのではないかと思います。これが「バックミッション」です。
そしてこの2つのミッション(フロントミッションとバックミッション)を別々に捉えるのではなく、統合、融合することで、フロントミッションがより立体的に、より個性的に、より特化され、本当の「自分らしさ」を100%出した人生を実現できるのではないかと思います。そんなふうに思うと何か新しい世界が見えてくるように思います。
森から見えた宇宙(メルマガ14号-1/18配信)
「森から見えた宇宙」という曲があります。曲は二つの宇宙の喜びをテーマにしたものです。夜の森にいて木々の枝と枝、葉と葉の間からたくさんの星が見えている。その一つ一つの星の中にある喜びの想い。その光は太古の昔のものかもしれない。しかしその光、瞬きを通して喜びをここまで運んで来てくれている。美しい星々を見ていると星々の楽しい想いが伝わってくる。
目を閉じると森に棲む数知れない生命の中にある宇宙を感じることができる。この冬の時期では春になり誕生するのを待ちづつける生命の喜びの想いが伝わってくる。
ある生命科学の先生の話で「森や自然の中にいると心が落ち着いたり、気持ちがやすらぐのは我々のからだが大自然そのものだからです。」というのがありました。「われわれのからだの成分と森にある成分が同じ」ということだそうです。
そんなことも手伝って、森にいて心とからだが相俟って調和へと向かい、そこで感じる喜びの宇宙は自分の視野を無限に拡げていく、そんな想いで作った曲です。
目を閉じると森に棲む数知れない生命の中にある宇宙を感じることができる。この冬の時期では春になり誕生するのを待ちづつける生命の喜びの想いが伝わってくる。
ある生命科学の先生の話で「森や自然の中にいると心が落ち着いたり、気持ちがやすらぐのは我々のからだが大自然そのものだからです。」というのがありました。「われわれのからだの成分と森にある成分が同じ」ということだそうです。
そんなことも手伝って、森にいて心とからだが相俟って調和へと向かい、そこで感じる喜びの宇宙は自分の視野を無限に拡げていく、そんな想いで作った曲です。
雪の結晶(メルマガ13号-1/11配信)
ひとつひとつが美しい形をしている「雪の結晶」は同じようでどれ一つ同じものはなく、上空の気象条件によって模様と形状が変わります。氷は何時間もかけて落下して雪の結晶へと成長していき、その形は水蒸気量や気温に左右されます。(日本経済新聞の記事から)
氷が徐々に雪の結晶へと成長して、雪として降ってきて地上で解けていく。雪の結晶は生物ではないけれど、想像すれば「生命」として捉えることもできるし、その生命が「雪の結晶」という自分の体を通して上空の様子を伝えてくれている「手紙」のようにも思えます。「上の方はこんな感じだったよ」と結晶が話をしているように。
万物すべてが生命と捉えていくと、友人のように対話が生まれます。一方的な会話でも自分の中から思いがけない返事が聞こえてくるかもしれない。それはもしかしたら相手が自分を介して届けてくれたのかもしれない。「雪の結晶」と会話を続けたらそのうちどんな返事をくれるのだろう。この記事を読んでそんなふうに思いました。
氷が徐々に雪の結晶へと成長して、雪として降ってきて地上で解けていく。雪の結晶は生物ではないけれど、想像すれば「生命」として捉えることもできるし、その生命が「雪の結晶」という自分の体を通して上空の様子を伝えてくれている「手紙」のようにも思えます。「上の方はこんな感じだったよ」と結晶が話をしているように。
万物すべてが生命と捉えていくと、友人のように対話が生まれます。一方的な会話でも自分の中から思いがけない返事が聞こえてくるかもしれない。それはもしかしたら相手が自分を介して届けてくれたのかもしれない。「雪の結晶」と会話を続けたらそのうちどんな返事をくれるのだろう。この記事を読んでそんなふうに思いました。
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